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本の要約、メモ、書評など。

【読書メモ】アブドル=ワッハーブ・ハッラーフ『イスラムの法——法源と理論』

 

アブドル=ワッハーブ・ハッラーフ『イスラムの法――法源と理論』(訳)

中村 廣治郎(1984東京大学出版会

 

序章

・「法学」と「法理論」の区別

・「法理論」の発展

 アブーユーフス→シャーフィー『リサーラ』

 神学者ら(論理的・理性的)とハナフィー派(指導的ムジュタヒドの見解を基礎に)

 

第一章 法源

コーラン(第一法源

コーランの正当性

 =誰も反対せず、模倣して自分の章句こそ本物だという者もいなかった

  人間の模倣が不可能である→神によるものだと証明される

 =なぜ模倣不可能?

  ①6000もの章句があって、それらは互いに矛盾していない

  ②近代科学との整合性

  ③未来の出来事を予知している

  ④修辞の卓越性=感動の大きさ、精神的な力

・規範の種類

 信条的規範、倫理的規範、行為規範

 行為規範=儀礼的規範/法的規範

 …特に儀礼や家族等に関するもの=時代によって不変であるため、詳細に定められる。他方民刑法・国際法・財政等=時代や環境で変わるため、一般原則しか定めてない

 

□スンナ(第二法源)=ハディース

コーランとの関係

 ①コーランの内容を補強

 ②コーランの内容をより詳述

 ③コーランが沈黙している判断を定立・創立

・イスナードから検証する真正さの程度

 ①ムタワーティル…非常に多くの誠実な人々によって伝承されたもの

 ②マシュフール…神の使徒からは1、2人の共友が伝えるもの、その後の世代においては多くの人々が伝承している

 ③単独のスンナ…単独者のイスナード

ムハンマドの言動であっても従う必要のない場合

 ①人間の本性的欲求によって彼から出るもの

 ②世俗的事柄に関する知識・技術に基づき彼から出るもの

 ③彼に固有であり、人々の規範にならない法的根拠があるもの

 

イジュマー(第三法源)=全ムジュタヒドの合意

・全ムジュタヒドの合意は実質不可能

 ⇔実際に成立している(※ただのシューラーでしかない…?)

  →各イスラム政府がそれを引き受ければ成立は可能

 

□キヤース(第四法源

 =その判断について明文を持たない事件と、明文の中に示されている事件とを、明文に示されている判断で結合すること

・キヤース否定論者…キヤースは判断の理由は○○であるという「憶測」に基づいており、相互に「矛盾」を生む原因となる⇔これらは根拠薄弱

 

(※シーア派では、イマームの加わった合意として、イマームの理性(アクル)がここに第五法源として入る)

 

□イスティフサーン(第五法源

 =合理的な理由から、一般的判断を避けて例外的判断を採ること

 

□マスラハ(第六法源)=公共の福利

 =判断が必要であり、かつ何の判断も定められていない・法的証拠もない福利(ゆえ

に、マスラハに法的根拠は不要)

・人々の福利の実現のため。彼らに利益をもたらし、不都合を除去することが規範定立

の意図だ、という解釈からくる

・なぜマスラハが必要?…人々の状況は環境・時代の相違に応じて異なってくる。ある

時代には規範Aが有益で、別の時代には規範Bが有効というように。常に変わる人々

の福利に見合う法解釈がなく、マスラハなしだと多くの福利が無視されることになれ

ば、それは人々の福利を実現するという立法の趣旨に反する

 →法判断がないから何もしない、ということはなく、福利実現のために動かねばなら

ない

・マスラハの三つの条件

 ①真実の福利であって想像上の福利ではないこと

 ②一般的な福利であって個人的な福利ではないこと

 ③名文またはイジュマーによって確定している判断や原則と矛盾してはならない

 

□ウルフ(第七法源)=慣習

・慣習も時代と場所に従い変化しうる→マスラハに対する考慮の中に入るもので独立の法源とは言い難い

 

□イスティハーブ(第八法源

 =ムジュタヒドがすでにあるものを、変更されなければ許容されたものとみなすこと

・過去において確定した判断を、その判断を変化させるような根拠が現れるまでは現在も存続しているとみなすこと

※この意味でそれ自体法源とは言い難い

 

イスラム以前の法(第九法源

・われわれの啓示の中にそれを廃棄するものがない限り、それはわれわれにとっても法である

 

□教友の意見(第十法源

・個人的意見や理性によっても知りえないものについての教友の見解はムスリムに対して権威を持つ→この場合、外面的には教友の言葉であってもスンナとなる

 

第二章 法判断

□判断者(ハーキム)=法判断がそこから出る者

 =神。では、人はなぜ、どのように判断者(神)の意思を知りうるか。by理性?預言者

  ①アシュアリー派…理性は神の使徒と啓展なくしては何も知りえない。人間の理性は信用ならない

  ②ムウタズィラ派…神の使徒や啓展によらなくても人間の行為についての神の判断そのものを知ることは可能=理性が知りうる善悪と神の判断は一致する

  ③マートゥリーディー派…理性は善悪を判断できるが、神の判断と理性の善悪は必ずしも一致しない=①②の中間

 

□法判断(フクム)=判断者から出るもので、義務能力者の行為に対してその意志を示すもの

 ―「義務能力者の行為に対する立法者の語りかけ」

  =契約の履行を要請、選択、説明

 ―二種類の判断

  =「賦課的判断」…要請・選択の形で人間の行為と関係する判断

           →人間に実行、あるいは実行しないことの選択を求めるもの

           (e.g. 賦課的判断の5範疇)

   「説明的判断」…説明の形で人間の行為と関係する判断

           →あることがある事柄の原因/条件であると説明することの要請

 ―賦課的判断

 ①義務(イージャーブ)…実行が強制的

 →「定時の義務行為」—「広い」…行為をする際にその意図を宣言する必要

           —「狭い」

  「不定時の義務行為」

 →「個人的義務」と「集団的義務」

  →「限定的義務」と「非限定的義務」

  →「指定義務」と「選択義務」

 ②推奨行為…実行を求めているが強制的でない

  →「強い推奨」=やらないと非難や叱責を受ける

   「付加的ないし余分の推奨」=実行すれば賞賛、怠っても非難されない

   「好ましいもの(礼法、功徳)」=付加的な推奨行為

 ③禁止行為…実行を慎むように強制的に求めている

  →「それ自体で禁止された行為」=行為自体が無効、それを判断することもできない

   「偶然的性質による禁止行為」=それ自体は適法

 ④忌避行為…強制的にでないが控えることを求めている行為

 ⑤許容行為…実行するかしないかを選択させる行為(実行することもしないことも求めていない)

 ※ハナフィー派…⑥絶対的義務行為(義務のうち、根拠がコーランとムタワールのハディース)、⑦禁止的忌避行為(禁止行為のうち、根拠がムタワーティルではないスンナの場合)

説明的判断

 ①原因…原因があれば必ず結果がある

 ②条件…これが存在することによって判断の存在が可能となる

 ③障害

 ④ルフサ、アズィーマ

 

□判断の客体=立法者の判断が関わる義務能力者の「行為」

 →立法者が課す義務は「行為」に関わる

 ※「行為」には「~してはならない」という「禁止」(不作為)を含む

 —義務賦課が有効となる条件

  ①信徒がその命令を完全に知り、求められたとおりに実行できること

   (意図や解釈が明らかでない明文は義務とならない→説明が付加されてはじめて義務となる)

  ②信徒がその命令が神からのものであり義務であるということを知っていること

  ③命令を実行し、あるいは控えることが信徒の能力内のものであること

   →不可能なことを課すことはできない

    ⇔困難なものは場合によっては課される(困難=人間の能力の範囲内のもある)

 

□判断の主体=義務能力者(信徒)

・信徒の条件

①義務賦課の規定(コーランやスンナ)を理解できること

  =理解できなければ実行もできない

  規定を理解するには理性が必要→精神病者や幼児などには義務は課されない

  +アラビア語を理解できず、規定を理解していない者

   →これに対しては、ムスリム(「近くの者」)が教えるべき

②賦課された義務を遂行するにふさわしい状態であること

  =「必然の適格性」と「履行の適格性」

  —必然の適格性=権利・義務を課されうる適性

…人間の生得的な特性に基づく。誰にも認められる(×胎児・死者)

  —履行の適格性=義務能力者の言葉や行為が法的に考慮される適性(=責任)

   …適格ゼロ=幼児、精神病者

    適格不完全=子供、少年、精神薄弱者

    適格完全=理性ある者

 

第三章 文理解釈の基本原則

□言語と解釈

 アラビア語が分かる人にはアラビア語

 アラビア語が分からない人にアラビア語は課されない

  →その民族の大多数が「理解できる」言語で=その元になる原法典の言語の構造を考

慮する必要はない(エジプト民法典の例)

  →言語形式(文法)<慣習を重視(言語学的厳密さより一般的に理解されている意味を重視)

 

□明文の表意法

 ①イバーラ…その形式から直接理解される意味

 ②イシャーラ…付随する意味

 ③ダラーラ…明文の「精神」から理解される意味

 ④イクティダー…明文の「形式」からそれが要請されるもの

 

□反対解釈=明文の反対については何の指示も与えない

 

□意味の明瞭な明文の序列

 ①ザーヒル…解釈の可能性がありその意味が文脈から本来的に意図されたものではない

 ②ナッス…解釈の可能性がありその意味が文脈から本来的に意図されたもの

 ③ムファッサル…解釈の可能性はないが、その判断が廃棄される可能性があるとき

 ④ムフカム…解釈の可能性もなく、その判断が廃棄される可能性がないとき

 

□意味の不明瞭な明文の序列

 ①ハフィー

 ②ムシュキル

 ③ムジュマル

 ④ムタシャービフ

 

第四章 論理解釈の基本原則

□立法の一般的目的

 ①不可欠なもの

 ②必要なもの

 ③望ましいもの

 

□神の権利と人間の権利

 ―神の権利=社会の利益

 ―人間の利益=個人の利益

 

□イジュティハード

 明文がない場合…ムジュタヒドが新たに判断できる

 誰がムジュタヒド?どのようにイジュティハード?

・廃棄

・矛盾と優先

 

書評(柳橋博之氏)

イスラム法近代法の調和を図り,できる限りイスラム法の原理を現代の立法及び法の適用に生かそうと努めている(=モダニスト的)

・聖法(sari'ah)を明示的には定義していないが,その理解は,古典的法理論とは異なる

 =古典的法理論によれば,聖法はいわば天上にある完全な法体系であり,法学者の任務は,それを理解することに尽きるとされる。著者は,聖法を絶対的な公準とみなすことにおいては古典的法理論に従う。しかし,著者は,聖法を実定法と同一のレヴェルで把えている。つまり,聖法であれ,実定法であれ法は必ず立法目的を有する。その立法目的とは「福利maslaha」である

・聖法にそれ自体として絶対的な価値を認めているのではない。福利を完全に実現し

ているがゆえに聖法を絶対的な規準と認めている

・聖法が規定していることには絶対従わなくてはならないが,聖法が規定していない事項や聖法が予定していない事案については,福利の概念を拠所として人間が理性を行使し,判断を下すことができる

・拡大的な法源(なんと10まで)=モダニスト的、新たな時代の変化に対応するために必要であるため